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唯一の集会

 ここ数年、「部落問題」という言葉が消え、「人権」という言葉で取り組みが行われている。
集会も「人権」という名称がほとんどで、各地域での取り組みも同様になっている。
それはそれでいい。
しかし、何かちがうのではと思っているのは私だけではないはずだ。
本来、人権という抽象的な問題はない。個々具体的な生々しい問題がそれぞれにある。
だから現実行っている学習会や研修会なども「人権」と銘うちながら、内容は個々具体的な問題を
テーマとして行っている。
年に一度しか行わない「人権」と名の付く県レベルや市町村集会がある。
課題は、人権課題が10あるとすれば、一つ一つの課題については、10年に一度しか
回ってこないことになる。
回数の問題ではないが…というが、まさに回数の問題。
もっと言うならば、差別をなくそうとする主体の問題。
そんな愚痴を言うつもりではないが、言いたくもなる。

 ところで、全国的にも「部落解放」と銘うった集会がほとんどなくなっている中で、今も
県レベルで「部落解放」をテーマとした部落問題の研修・学習会は、唯一「部落解放研究集会」だ。
他県でも、また本県においても「部落の文字を取って、人権にしたら補助(援助)してやる」といった
なかで、『魂はうらない』と突っぱね実行委員会による運営がつづけられてきた唯一の集会だ。
48回の歴史だ。
改めて考えてみたいものだ。
なぜ「部落問題」を「これからは人権問題として」と言わなければならないのか
言わせようとしているのは誰なのか、何故なのか。
そうであるなら、今行っている、たとえば「男女共同参画」の集会も「人権集会」にしようと言うようになる。
う~ん。だれだ。何故だ。
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